はじめに

皆さんはこのタイトルを読んでどう思ったでしょうか。理学療法士に研究が必要と思いますか?

幸いにもこの記事にたどり着いて下さった理学療法士の方はおそらく研究が必要だと思っている人、または必要だと思っているけど「自分にはまだハードルが高いなー」と感じている人などのように研究というものに興味を持っている人ではないでしょうか。

その理由は何でしょうか?

「同僚や後輩が学会発表をしているから自分もしなければならい」

「上司から学会発表をしてみないかと勧められたから」

など研究への興味関心の内容は様々だと思います。

この記事の目的は特に「理学療法士に研究って本当に必要なのかな・・・」と悩む方に向けて「理学療法士に研究が必要な理由」について記載をしています。

なぜ、研究が必要なのか?どうすれば研究を始めることができるかなどに簡単にまとめてありますので、研究についてちょっと興味を持ち始めたくらいの方はぜひ読んでみてください。

先輩、理学療法士にとって研究って必要なのでしょうか。

バカタレ。お前は今まで何をしてきたんだ?あぁ?そんなことを聞いてくるとは、どういうことだ?

エェー・・・いつになくキレてるじゃないですか・・・僕そんな変なことを言いましたか?

言った。私はお前のこれまでの成長をずっと見てきていたんだぞ。そうずーっとな。お前はもう研究をすでに始めていると言っても過言ではないのだ。それに気づいていないほどの阿呆だとは思わんかった・・・。

ずーっと見ていたという所に少々怖さを感じますが、私が研究をすでに始めているですって?そんなバカな・・・。

そうだ。研究とは何かについて説明を今更せなならんとは・・・全くもう

なぜ、PTに研究が必要か?

理学療法士になぜ研究が必要かと聞かれたら私はこう答えます。

「研究的思考は先へと進む力になるから必要」

理学療法士に研究的思考があることで理学療法士としての成長、また人生の中での成長に繋がります。

研究と聞くと「学会発表」「論文作成」をしなければならないといったようなハードルが高いイメージがある人も多いと思います。もちろん最終的にはそこまでいくことが求められますが、それが今すぐにできるわけではありません。

ですので、研究をそのような硬いイメージだけに当てはめて考えずに「思考」という少しステージを落としたところから考えていきましょう。

ではその「研究的思考」とは何でしょうか?

研究的思考とは

理学療法士であれば『教科書や論文に書いてあることを実践したけど、うまくいかなくて、本当にあっているのかな?』という経験はおそらく1度や2度はあると思います。

こうしたことを経験する時には皆さんはどちらのタイプでしょうか。

「悩む」または「考える」。

この2つの言葉の意味は大きく異なります。

「悩む」とはゴールや進むべき方向が分からず「あぁでもない、こうでもない」と苦しんでいる状態のことを指します。悩むとはぐるぐると同じ場所をまわり非建設的であることを言います。

一方で「考える」とは目指すべきゴールやそれに近寄るために進むべき方向はどこか?と言う問いに答えるべく、集めるべき情報は何かを分析し、次に必要となる手立てを整理して行動を起こすための思考過程であるとされています。この考えるという行為は一歩ずつゴールに向かう建設的なプロセスであることを言います。

研究的思考は「考える」に近いです。

上の図を見てもらうと分かりますが、勉強は経験の蓄積で止まってしまうことがほとんどですが、研究は止まることがありません。

研究の場合、実践した後の結果を「批判的吟味/新規性の発見」という「考える」行為が欠かせません。「考える」行為があることで、更に新しい臨床的疑問や研究テーマが生まれるなどの循環があります。

日々の臨床の中で論文を読んだり、教科書を読んだりすることは多いでしょう。またその内容を実際の臨床現場の中で実践し、その結果を元にまた調べ物をしたりしている人は、すでに研究的思考が少なからず身についているのです。自分で意識しているかしないかは別として。

こうした常に「考える行為」つまり「研究的思考」があることで、気づけばあなたはどんどんと成長していることになるのです。研究的思考は先へと進む力となって、あなたをもうワンステージ上の段階に連れていってくれます。そして研究的思考が広がり、深くなっていく中でどんどんあなたは成長していくのです。

この先へと進む力、確実に成長させてくれる力が研究的思考にはあるので、理学療法士には研究が必要です。

どうだ。ここまできて自分はもうすでに研究を始めていたのだということに気づかんか?

そうですね。先輩と一緒に論文を読んで調べてわかったことやまだ分からないことなどを明らかにしながら、それを臨床にも活かしていました。

そうだろ!わかってくれたか・・・これまでの時間が全て無駄になる所だったわ。マジで。

研究って聞くと硬いイメージがあるけどな実はみんなもうすでに片足突っ込んでいるのかもしれんのよ、実は。

研究的思考はあって当然

実は研究と理学理学療法士は密接な関係にあります。

ある言葉があります。「研究者になぜ、学会発表・参加するのかと問うことは俳優に対してなぜ舞台に上がるのか、スポーツ選手になぜ試合に出るのか、音楽家に対してなぜ演奏会で演奏するのか」と問うことと同じことだと。

私はこの言葉に強く惹かれました。まさにこの通りだと思っています。

私たち理学療法士の多くが経験する臨床現場では分からないこと、うまくいかないことだらけです。そのためもっとうまくいく方法はないのか、どうすればうまくいくのかなどの疑問と対峙することが多くあります。

その疑問を解決するために多くの理学療法士が教科書や文献、ガイドラインを読み調べ、考えます。もうすでにこの行為を行っている理学療法士は研究に片足を突っ込んでいると言って良いです。

その考えたことや実践した結果などを学会発表、論文作成と見える形で世の中に表現されているだけです。(実際には非常に大変な作業ですが)

ですから皆さんの頭の中にも研究的思考の芽は確実にあるはずなのです。日々研鑽している理学療法士であれば。

理学療法士には研究的思考があって当然だと私は思っています。

自分の中に研究的思考があるのかどうかについては日々の仕事の中での自分自身の態度を思い返してみると良いでしょう。「勉強」に留まっているか、それとも前に進むための「研究」を行っているか。

基本的にはこのどちらかになります。無気力でやっているという場合は除きます。

自分の中にある「研究的思考の芽」を見つけどんどん成長させましょう。

さいごに

多くの理学療法士が学会発表や論文作成を行い、その行動が時にうらやましく思うこともあると思います。

またそれと同時になぜ理学療法士に研究が必要なのかと疑問に感じることもあるかもしれません。

今回の記事では研究的思考は前に進む力、つまり理学療法士としての成長に繋がる力になるから研究は必要だと言ってきました。

最後にもう1つだけ、理学療法士に研究が必要な理由を言っておきたいと思います。それは「患者さんの未来のため」です。理学療法士が研究的思考を持ち、成長することは患者さんの未来をより良くするための力にもなります。

理学療法士の成長は患者さんやその家族まで影響していきます。私たちは誰のために働いているのでしょうか。現状でも患者さんにできることはあると思いますが、もっと良くするためには理学療法士の成長、つまりは研究が欠かせません。

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